能登半島に寄せて
ブログ更新7回目。
みなさんこんにちは。
1.もどかしい
正月早々、大きな災害(1/1)や、あってはならない事故(1/2)、小倉の大きな火災・女性による山手線内刃傷沙汰(1/3)などが、次々に起きた。
特に「令和6年能登半島地震」は、半島の先端という周囲を海に囲まれた特異な地形と、山崩れ・がけ崩れで、道路が寸断されて、人命の救出に困難を極めている。
筆者25歳の折、能登半島の社会開発を提言する「能登移動大学」に参画し、能登半島をあちらこちらリュックを背負い、民家に泊めていただいたり、お食事を提供していただいたりと、大変お世話になった地域である。
合計2カ月半にわたる期間、能登の大自然に触れて、いたく感激したことを覚えている。
この地域への愛着は、今なお強く残るので、景色が一変したこと・人々の生活が失われたことなどが混ざり、誠に複雑な気持ちである。
ご支援の力添えが出来る年齢を過ぎ、誠に「もどかしい」思いが募るばかりである。
2.文化の伝承
輪島市に滞在した時は、後に人間国宝になられた「塩田慶四郎氏」に、輪島塗の手ほどきまでしていただいた。
その後も、ご存命中は賀状の交換を絶やすことは無かった。
特に「ウルシ」は生きものであり、呼吸をしている、世界的にも極めて稀な塗料であることを、塩田氏から教えられたことが、頭から離れない。
今回の映像を見る限り、伝統の「輪島の朝市」「輪島塗」「千枚田」などが被害を受けているように見える。
輪島塗は、その生命線であるウルシの発酵が途絶えはしないか、大変気にかかる。
まさに、能登発の伝統文化が、風前の灯火のように思われてならない。
3.天上界の意図
高齢化した日本の里山地域・中山間地・保護されて生き残った伝統文化などは、今回の地震で、回復できるだろうかと気にかかる。
しかし、ヨハネの黙示録によれば、「旧きものは過ぎゆき、新しき天と地が姿をあらわす」と。
亡くなられた方々・怪我を負われた方々・被災された方々には誠にお気の毒であるが、新しい時代への転換が、一番先に能登に兆したと言えるかもしれない。
高齢化した社会が頂点に達し、物質文明が栄華を極めた時、日本は真っ先に「最新の社会システムに入れ替わる予兆」が、今回の震災である。
目の前にことは懸命にやり遂げる。人命救助・被災者救援は、必須の作業である。
その作業の先に見えてくるのは、「助け合った人たちのみが助かる」という、新時代の姿である。「絆」を超える「連帯感」である。
4.まとめ
今回のことで、暗い気持ちになってはいけない。
「その先に来る新しい時代の息吹を感じること」こそ、最重要なのである。
多くの人が、「新時代の萌芽」を、感じ取った、と祈る!