真理を学ぶ

真理を学ぶ

皆さんこんにちは。

 

だいぶご無沙汰してしまいました。2/14以来でしょうか、、、。

緊急締め切りの原稿に取り組んでいましたので、申し訳ない次第です。

 

1.真理の言葉

 

 皆さんは、「真理を学ぶ」という時の「真理とは、具体的に何を学ぶ」のですか?

 

 この真理が何かを把握していない限り、真理を学ぶことは出来ません。

 

 真理とは、「生命そのもの」です。

 

 従って、真理を理解した者の言葉は、「私は生命です」という一言に尽きるのです。

 

 生命は見ることも、掴むことも出来ない不可視のエネルギーです。

 

 ではどうやって、見ることも触れることも出来ない「生命」を学ぶのでしょうか?

 

2.生命を学ぶ

 

 見ることも触れることも出来ないものは、内観して、

生命が感じられることで「実感を得る」以外に、方法がありません。

 

 内観するときに、「呼吸に意識を向けてください」という指導者を見かけますが、

この方法では、生命を把握できません。

 

 呼吸は自我によって制御出来てしまうからです。

 

 私の教える「明想」は、そんな小手先の方法ではありません。

自我意識を超越する別な方法をでご指導しております。

 

 生命は、自我意識を超越してこそ、実感できるエネルギーなのです。

 

 生命を学ぶには、必死になって内観に取り組むことです。

 

 「必死」とは、「必ず死ぬ」と書きます。

つまり、「命懸けで内観すること」です。 時に、寝食を忘れて、内観することです。

 

3.神気違い

 

 寝ても神・覚めても神、

文字通り四六時中神を意識していることで達成されることが、「生命意識」なのです。

 

 神は生命であり、生命は神であるという命題の通り、

生命を知ることは神を知ることです。

 

 この神の無限供給する生命エネルギーが、

全ての被造物に宿っていて、全宇宙を生動させているのです。

 

 あなたの中に神の生命は宿り、あなたは神の生命の中に活かされている

 このことが、真に把握できたとき、あなたは神の生命意識に満たされる

 

 この状態は、普通の人間から見れば、押しも押されぬ「神気違い」の状態である。

 

 そこまでして、初めてあなたは神に祝福されて、天国の饗宴にあずかることが出来る

 

4.まとめ

 

 かつて、放蕩息子が、父なる神の許へ帰還した時、父は何も含むことなく息子を迎え入れた。

 

 全面的に自我を無くし、自らの行いを悔い改めたのを見て、父なる神は天国への帰還を赦したのである。

 

 父の愛はそれほどに大きいのである。

同時に、父なる神の生命力は無限の生命力でもある

 

多くの人が、「生命の自覚を持った」、と祈る!